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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6443号 判決

当事者ならびに訴訟代理人の表示

別紙当事者等目録記載のとおり

主文

1  被告宮崎保明を除くその余の被告らは原告に対して、それぞれ、別表請求金額欄記載の金員およびこれに対する同表損害金請求起算日欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告宮崎保明に対する東京簡易裁判所が同庁昭和四五年(ロ)第一六七号につき、昭和四五年三月七日なした仮執行宣言付支払命令はこれを認可する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

(本案前の判断)

一被告らの主張の第一は、要するに、本件訴を提起するに至つた紛争は、特殊法人である原告内部の会則・総会決議をめぐる紛争であり、原告には税理士法上、強い自治権が与えられていること、その反面、会則・総会決議の効力を原告会員につき一律に、画一的に確定しうる訴訟形態が保障されていないことから考えて、原告内部の紛争は原告の自治によつて解決されるべきことが予定されているのであるから、本訴は権利保護の資格、利益を欠き許されない、というのである。

しかし、本訴請求それ自体は、本件会則に基づく新会館建設費等の未納を理由にその支払を求める給付の訴であり、会則、決議の効力の有無が直接訴訟物を形成しているのではないから、そもそも被告ら主張の訴訟形態の規定の存否とは全く関係がなく、これを欠くから本訴につき訴の利益等がないというのは、まさしく本末転倒のきらいがあつて到底採用できない。また、原告内部の自治権が保障されているとしても、その自治権の具体的な現われである会則、決議に定められた会費の未払を理由にその支払を求める本訴につき、自治権の名のもとに訴の利益等が欠けると主張することは、このこと自体矛盾というべく、かえつて自治権の保障のためにこそ、会則、決議に定める支払義務に正当な理由なくして従わない者に対しその義務の履行を訴訟制度を利用して強制できるとするのが正しいというべきである。

二被告らの主張の第二は、要するに、本件会則は、被告らに対して金員の支出を強制するものであり、うち会館建設費は後に至るも償還を受けないから実質的には被告らから原告への贈与を、また、特別会費は後に償還を受けるから、実質上被告らから原告への消費貸借(貸与)を、それぞれ強制するものであるから、かかる会則は、実体法的な保護を受けるいわれのない定めであり、右会則に基く本訴請求は、訴訟法的な保護を与えるに値しないというのである。

しかし、被告らの右主張は、原告内部の自律権行使の具体的結果(本件会則)を不当もしくは違法であると批判するものにすぎず、右批判が理由あるか否かは、その実体に立ち入つて判断すべきことがらであり、本訴の訴の利益等の訴訟要件には該当しないことが明らかであるから、採用しない。

(本案の判断)

一請求の原因の当否

請求の原因1および3の事実ならびに同2のうち、第一一回定期総会における出席者二六一八名中委任状出席者が二四六二名であつた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、請求の原因2(ただし、前記争いない部分は除く)の事実もすべて認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、被告らは、原告に対し会館建設費として二万円、特別会費として二万円をそれぞれ支払う義務があることが明らかである。

二被告らの抗弁に対する判断

1  抗弁1について。

(一) 抗弁1(一)(1)および(2)の事実、同1(二)(1)の事実ならびに同1(三)(1)のうち、原告が新会館の一部を日本税理士会連合会に賃貸する計画であつた事実は、いずれも当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、新会館は原告が会務を遂行するために建設されるものであつたことが認められる。従つて、新会館は原告の事務所として使用されるものであることは明らかである。

(二) ところで一般に、法人においては、その公益法人であると、営利法人であると、また税理士会のような特殊法人であるとを問わず、事務所を設置すべきことはその本質的要請であるといわなければならず、例えば、税理士会についても、税理士法第四九条の二第二項第一号はその会則に事務所の所在地を記載しなければならない旨規定している。これは、法人にあつては、その目的となる事務を遂行する上で事務所を設置することが不可欠の、前提的な要素であることに依拠しているからに外ならない。換言すれば、法人にあつては、その目的の如何によらず、事務所を設置しうるのは当然のことであり、却つて、目的遂行のために事務所を設置しなければならないのである。しかるところ、税理士法ならびに同法施行令によれば、国税局の管轄区域ごとに一個の税理士会を設立しなければならない旨の規定(同法第四九条第一項)を除いて、他に、①事務所となるべき施設を何処に設置すべきであるか、②事務所となるべき施設としてどのような建物等を利用するか、③その事務所の用に供する建物等を自ら所有して使用するか、或いは、第三者から賃借等して使用するか等々の点については何ら規定することがない。従つて、右の諸点は、税理士会自らがその判断に基いて決定されるべきことがらであり、右諸点の決定は税理士会の自治(自律)に委ねられているというべきである。してみれば、原告がその事務所の用に供すべき建物等について判断・決定し、その結果に応じて実現を図る行為は、常に原告に許容されているものである。言い換えれば、原告がその事務所を設置すること自体、それは原告の目的の範囲内に含まれるものであり、そしてそれ故に、具体的に事務所としての施設を設置・確保するための行為も、全て、目的の範囲内に含まれるということができる。

そして、法人にあつては、その目的となるべき事務を遂行する上で必要な経費について、特別の事情のないかぎり法人の構成員がこれを負担しなければならぬことも明らかであるから、原告が事務所として建設する新会館の資金を原告の会員である被告らが負担することも当然であるといわなければならない。

(三) 次に被告らは、原告が当時、東京都千代田区神田岩本町に税理士会館を所有していたから、新会館を建設する必要性はなかつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

むしろ、前示のとおり、原告がその事務所としての設備・施設を具体的に、何処に或いはどのような規模で設置するか、もしくは新たな事務所を設置する必要性があるか否か等は、すべて原告の会員が自ら判断すべきことがらであり、その具体的な決定がどのようであつたにせよ、そのことにより原告の目的の範囲の内になつたり、あるいはその範囲外となるような性質のものではなく、新会館は原告の事務所として用いられるべく建設されるものである以上、そのこと自体からして新会館建設は原告の目的の範囲に含まれるというべきである。

(四) さらに、前示のとおり、原告が新会館の一部を日本税理士会連合会に対して賃貸することを計画していたことは当事者間に争いがないが、しかし、そうだからといつて、このことにより直ちに新会館建設自体が不必要であつたとはいえず、また、このことを認めるに足る証処もない。

よつて、被告らの抗弁1は、いずれも理由がないというべきである。

2  抗弁2について。

(一) まず、第一一回定期総会において、出席者中委任状を提出して議決権を行使したことにより出席者とみなされた者は二、四六二名であつたことは当事者間に争いがない。ところで、〈証拠〉によれば、右取扱いは原告会則第二八条第一項、第二項に基づくものであることが認められる。

被告らは、右の事実をもとにして、委任状の集計方法・記載内容・委任者・受任者(代理人)等が秘密にされて不明であるから、かかる手続は不当であるというのであるが、それらが秘密にされていたとの事実を認めるべき証拠は何ら存しない。

また、被告らは、右委任状が原告役員により偽造された疑いがあるとも主張するが、かかる疑いや偽造された事実を認めるべき証拠は全くない。従つて、被告らの右主張事実は肯認できない。

(二) 次に被告らは、本件会則は、その基となる第一一回定期総会の決議において、原告会員らに対し実質的平等になるべき配慮がなされていないのであるから、その効力を生じない、と主張する。

しかし、一般に、法人を構成する自然人各自は、それぞれ、法人の目的と関連する一定の地位・資格に基いて法人に加入するものである。法人内部において、構成員各自を平等に取扱うべきことは明らかというべきであるが、右にいう平等とは、法人に加入する契機となつた一定の地位・資格に相応した意味での平等であり、右の地位・資格を離れた、それらと無関係な点においてまで平等でなくてはならぬものではない。原告は税理士を構成員とする法人であるから、原告内部における構成員としての取扱いは税理士資格に相応して平等であれば足り、更に、被告らの主張するような構成員の経済力の点をも斟酌して平等に取扱うべき必要はない。従つて、被告らの右主張は、それ自体失当というべきである。

(三) また、被告らは、本件会則は法的な強制力を欠くと主張するが、一般に、法人において、構成員は法人(総会の決議もしくは規則)の規定するところに従うべきは当然であり、また、原告においては、〈証拠〉によればその会則第二七条第一項、第二項において、会則を変更するには、会員総数の二分の一以上が出席し、且つ、その出席者の三分の二以上の多数決によらなければならない旨規定されていることが認められるから、会則の変更においては、少数者の意見も相当な程度(会員総数の六分の一以上の少数者があれば、会則を変更することはできないのである)に保障されているということができる。

従つて右のような保障があるにも拘わらず、会員は多数決に基いて規律された会則に、法的に、従う義務はない、とする被告らの主張は、採るに足らないものである。

(四) さらに被告らは、本件会則は現在では失効したものであると主張する。

ところで現在の原告の会則第五〇条が登録事務の一部を行なう旨の規定であること、また同第五〇条の二は削除されていることは当事者間に争いがない。しかし、前示のとおり、昭和四二年六月二八日当時、原告の会則第五〇条、第五〇条の二、ならびに総会の決議(本件会則)によつて被告らは会館建設費、特別会費を負担していたのであり、してみれば右債務が、後に会則が変更・削除された一事をもつて消滅する理由は全くみい出すことができない。

従つて、被告らの右主張も理由がないものといわざるを得ない。

3  抗弁3について。

抗弁3の事実中、被告堤、同唐沢、同宮沢、同池田、同稲葉が原告に対して、それぞれ被告ら主張の日に金二万円を納付した事実は当事者間に争いがない。

右被告らはいずれも、金二万円は原告に対する債務のうち特別会費金二万円の債務に充てたものであると主張するが、右被告らが、金二万円を納付した際に、原告に対して、特別会費に充当する旨の意思表示をなしたとの事実を認めるに足る証拠はない。なお、被告本人堤の供述には、右事実に符合するかの如き供述があるが、これは、以下の各証拠ならびに認定事実に徴すれば、措信できないものといわなければならない。

却つて、〈証拠〉によれば、右各証は、いずれも原告の作成した会員台帳であること、右台帳には会員の個人別の会費等の入金状況が記載されていてその記載にあたつては会員の意向を聞いていたこと、そして、その記載によると被告稲葉(第一五号証)、被告池田(第一六号証)、被告唐沢(第一七号証)、被告宮沢(第一八号証)からそれぞれ会館建設費として金二万円が、また被告堤(甲第二〇号証)からは特別会費として一万円および会館建設費として一万円が入金されていること、以上の事実が認められる。そうすると右各被告らは、それぞれ金二万円を納付する際に、原告に対して、被告唐沢、同稲葉、同宮沢、同池田においては、いずれも、それを会館建設費に充当する旨の意思表示をなしまた、被告堤においてはそのうち一万円を特別会費に残り一万円を会館建設費にそれぞれ充当する旨の意思表示をなしたものと推認することができるのである。従つて右各被告らが支払つた金二万円は、原告が右各被告らに対して本訴をもつて請求する債権に対しては充当されていないことになるのであるから、右各被告らの弁済の主張は、いずれも理由がない。

4  抗弁4について。

抗弁4(一)の事実は当事者間に争いがない。

しかるところ、被告らは、第一二回定期総会決議はその招集が会日の二週間前に総会の日時・場所・議案を記載した書面をもつて会員に対して通知されねばならないのに、その手続がなされていない瑕疵があり、また、その議決手続において会員総数の二分の一以上が出席せず、その出席者の三分の二以上の賛成を得てなされていない瑕疵があると主張するが、右各事実を認めるべき証拠は何ら存しない。

また、増額された会費の使途について、本来会費をもつて支出できない使途に用いられる部分を含んでいるから、その限りで、通常会費の増額決議は無効になる、と主張するが、会費として徴収すべき金額の決定自体は原告の総会によつて自律されるべきことがらであり、右会費を原告がいかなる使途に用いるかという問題(勿論、原告の自律すべきことがらではあるが)とはその次元を異にするものというべきであり、従つて、会費の使途に被告ら主張のような原告の本来支出しえぬ部分を含むとしても(その結果、その使途につき、原告の会員らが、原告役員の責任を追及することは格別)そのこと自体で、会費に関する総会決議が無効となるものではない。

そうすると、被告ら主張のその余の点を判断するまでもなく、被告らが原告に対して、増額会費の全部もしくは一部(一年度分当り金一万円もしくは金三、五〇〇円)の返還を求める根拠はないのであるから、被告らの相殺の主張は理由がないこと明らかである。

三結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(藤原康志 大澤巖 滝澤孝臣)

(表)〈略〉

当事者等目録

原告 (本件全事件共通)

東京税理士会

右代表者 溝田澄人

右訴訟代理人 田中政義

外一名

被告 (昭和四五年(ワ)第六四三一号)

逆井保次郎

ほか二二名

以上被告二三名訴訟代理人 浜田源治郎

被告 (昭和四五年(ワ)第九七九三号)

富田岩芳

ほか一名

以上被告二名訴訟代理人 和田二郎

外一名

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